2021/05/29 12:57
マダムの手料理は私の予想を裏切り
毎日大したものは出てきませんでした。
友達と外食するから夕飯いらないよ、
と学校帰りに電話するととても嬉しそうだったし。
多分、
いや絶対に料理が嫌いなタイプだ。
そしてストラスブールの冬はパリとは比べ物にならない程寒かった。
フランスの古い住宅には二通りの暖房があり、
一つはアパートの中に管が張り巡らされていて、
その中を熱湯(多分)が通っていて、電気代ただであったかいやつ。
これは部屋中が暖かくなるし、
電気代もかからないし最高な方。
もう一つは後付けされた温風の出る暖房。
これは温風がでる出口も小さくて目の前だけ温かくなるが6畳の部屋さえも温められない。
のに電気代バカ高い!
マダムの家の暖房は後者。
私は寒さのあまり、常に暖房を中〜強で使用していました。
ですが毎日チェックしにくるマダムは
それをみて激怒。
暖房は小〜中でつけるの!!
電気は夜までつけないで!!!!
(ストラスブールの冬は日中でも火が差すことがなく暗い)
これはほぼ毎日続いた戦いでした。
モコモコの靴下を履いて膝掛けをしても
窓際にある机で勉強してると、寒い。
暖房を強める。
突如来るドンドンドン
AKARI 〜?
入居前に話したマダムはとても優しくて、
穏やかで、素敵なホームステイを思い描いていたけど
めちゃくちゃ、窮屈な暮らしでした。
ストラスブールではあきこさんというジュエリー職人を目指した日本人とタイ人のラティポンとボー、韓国人のヒャンジー、ヒャンジーのシェアメイトのMFというフランス人の子、6人でいつも一緒に過ごしていました。
みんなに事情を話すと今のホームステイはストラスブールの家賃相場より遥かに高いし学生寮に入れば半額以下だし自由も手に入るよ!と促され私は引っ越しを決意しました。
マダムとの契約はビザの関係上3ヶ月で契約をしていたので途中解約的な事となるため非常にめんどくさかった。
自分との生活が窮屈とか、ストレスを与えているなんて全く考えていない様子だったので私もハッキリと理由を言えなかったのです。
今思えばフランス人に対してはいつも本音でぶつかった方がこちらもストレスなく、相手も対して傷つかないのですがその時はまだフランスに来て半年ちょっと。
わたしには日本人の血しか流れていなかった。。
日本に帰るという嘘をついて引っ越す事に。
バレてもいいやと思うくらい私は結構限界が来てました。
いろいろめんどくさいことはあったけど、
なんとか引っ越しを完了させ、広くてベットと棚しかないような寮に私は引っ越しました。
そして、ストラスブールにきた目的は学校に在籍しながらパン屋かお菓子屋でスタージュ(研修)をする事が目的だった為、アルバイト探しに本腰を入れ始めました。
ここから私は幾度となく挫折しそうになった厳しい現実がありました。
続きはまた今度。
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楽しみにして頂けたら嬉しいです。